創作と探検の日記。

文、絵、歌、布など自給しています。

20180414

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 みーさんのガーデンが日に日に進化している。先日は気に入った鉢を買っていたが、自分で鉢も作っているようで、これが絵画そのもので素敵だと思う。立体の絵画。みーさんは手元にあるものでなんでも作れてしまう魔法使いのような人だ。昨年、展示会場でのライブをする際に譜面台がなかったのでダンボールを使って即座に作り上げていた。みーさんは何よりも生きるために工夫して作る人のように思える。

 

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 最近オブジェを作っているのだが、ふと土偶が浮かぶ。縄文時代の人々は主に女性であったり、あるいは精霊を表現するために作っていたようだ。粘土に手を触れ、動かしていると、作っている最中に起こっているその何かが、その時代の人たちの記憶を思い出させている気がしてくる。手を動かしながら、手の記憶を探っているようにも思え、それは頭に入っている知識とは違い、はるか昔から記憶されている知恵。手を動かすことで、自分の内面から現れる思いもよらない動き、それが象られ、表出していく。そうしていると何か自分が大切なことを忘れているのではと思える。本当は記憶している大切な知恵。調べていると、ドイツの画家ホルスト・アンテスさんと出会い同じ誕生日だったので気になって調べていると、ホピ族のカチーナ人形に行き着いた。精霊を表した人形。何かそういう物を作ろうとしているのかもしれない。精霊というのは僕にとってのキーワードなのだと思う。

 

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 読んでいたティム・インゴルドさんのメイキングにパウル・クレー先生の言葉が載っていた。「線を散歩させる」。かなりしっくりくる言葉で驚いた。そしてナメクジが歩いた後の写真が掲載されていた。その線は決して直線ではなく、迷っているような線にも見えた。しかしナメクジは夜明けとともに奥地へと姿を消す。迷ってはいないのだ。この線が僕自身のようにも思えた。決して直線ではない。1日1日がぐるぐると回っているようにも思える。それでも1日が終わる。そのためにぐるぐると回る。書いて、描いて、歌って、弾いて、織って、作って、読書して、音楽を聴いて、食事して、お風呂に入って、寝て。止まってしまったら、ある一定の場所にはまり込んでしまい、あらぬ方向へと思考が流れて行く。だから止まらずに動き続ける。その線は迷っているようであるが、しっかりと1日を終えるための美しい曲線になっている。

 

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溝井孝司(Koji Mizoi)

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