溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

小説のような日記です。児童文学みたいな人が書いてます。

他人は大いに利用しよう。やさぐれてはいなかった私。

自分を取り戻していくというのは本当に大切なことだと思います。

自分というのは、何人いるのでしょうか。

分裂していて当然です。
統一しようとして、よくわかんなくなってしまった、分裂たちを手元に戻すことから始まります。

この分裂はどんなにないふりしても戻ってきます。

そーいう細胞みたいなキャラクターいたよね。
気持ち悪いやつ。

そう、元々人間は気持ち悪いのだ。
おめでとう。


大人になるにつれ、なにか当てはめようとするわけですが、そもそも分裂しているのが普通なので、当てはまることが出来ずに苦しいのは当然で、そんなこと悩んでもしょうがないことです。

しかし、感覚は麻痺します。
それが厄介です。
でも、枠の中に収まっている自分を守るためには良いことです。

でも、だんだん気づき始める人もいます。

なんか、おかしい。

麻痺してる時間が長ければ長いほど、感覚を取り戻すには苦痛が生じます。

時には他人のせいにし、他人を責めたくなることもあります。


別に他人を責めればよいと思います。
こんな自分が悪いんだのほうが良くないと思います。


他人を責めるのは、大抵が自分の中にある問題なので、自分への問いとして返ってきます。

他人を通して、自分の課題が分かるなんて万々歳です。

大いに利用させてもらいましょう。
なぜなら、僕たちは私を生きるために生まれてきているから。

その、経験を通して私を生きることが出来るなら、たくさんぶつかり対話したほうが良いです。

ただ言ってるだけで、そこから自己対話が始まらないのはあまり、意味がありません。

言いっ放しは、やめましょう。
言った言葉をしっかり感じて、あーだこーだと、いろんな私と対話してみよう。


生きるって大変
めんどっち。

けれども、自分の声に耳澄ませーる。

私は僕ではありません。
私は私は。
僕は僕。



やさぐれてると思ったけど、そーいうわけでもなさそうだー


ばいび。